原文选自《海辺のカフカ》下卷
「佐伯与我」
僕は立ち上がって彼女の背中の手のひらを置く。そしてそこにしるしを読みとろうとする。彼女の髪が僕の頬を撫でる。彼女の両手が僕を強く抱きしめる。その指の先が僕の背中に食いこむ。それは時間という壁にしがみつく指だ。潮の香りがする。波の砕ける音が聞こえる。誰かが僕の名前を呼んでいる。ずっと遠くで。
我站起来把手掌心放在她的背上。然后试着去读取那里的心意。她的头发抚触着我的脸颊。她的双手用力地抱紧我。那个指尖侵食着我的背部。那是紧紧抓着时间这面墙的手指。有潮水的香味。能听到浪花四溅的声音。某人在呼喊我的名字。在很远很远的地方。
「あなたは僕のお母さんなんですか?」、僕はやっとそう尋ねる。
「您是我的母亲吗?」我终于问她。
「その答えはあなたにはもうかわっているはずよ」と佐伯さんは言う。
「你应该早就知道答案了」佐伯说。
そう、僕にはその答えはわかっている。でも僕にも彼女にも、それを言葉にすることはできない。言葉にすれば、その答えは意味を失ってしまうことになる。
对的。我知道那个答案。但是不管是我还是她,都不能说出口。如果说出口,那个答案就会失去意义了。
「私は遠い昔、捨ててはならないものを捨てたの」と佐伯さんは言う。「私がなによりも愛していたものを。私はそれがいつかうしなわれてしまうことを恐れたの。だから自分の手でそれを捨てないわけにはいかなかった。奪いことられたり、なにかの拍子に消えてしまったりするくらいなら、捨ててしまったほうがいいと思った。もちろんそこには薄れることのない怒りの感情もあった。でもそれはまちがったことだった。それは決して捨てられてはならないものだった。」
「我在很久以前,舍弃了不能舍弃的东西」佐伯说。「我非常爱的东西。我总是恐惧有一天会失去它。所以我要亲手舍弃它。我想如果被夺取了,或者以某种方式消失了,还不如舍弃了更好。当然那里有弱弱的愤怒的感情。但是那是错误的。那是不能被舍弃的东西。」
僕は黙っている。
我沉默不语。
「そしてあなたは捨てられてはならないものに捨てられた」と佐伯さんは言う。「ねえ、田村くん、あなたは私のことをゆるしてくれる?」
「于是你不能被舍弃那样被舍弃了」佐伯说。「田村君,你能原谅我吗?」
「僕にはあなたをゆるす資格があるんですか?」
「我有原谅你的资格吗?」
彼女は僕の肩に向かって何度かうなずく。「もし怒りや恐怖があなたをさまたげないのなら」
她看在我的肩上几度点头。「如果愤怒或恐怖没有妨碍你的话」
「佐伯さん、もし僕にそうする資格があるのなら、僕はあなたをゆるします」と僕は言う。
「佐伯さん,如果我有这种资格的话,那么我原谅您」我说。
お母さん、と僕は言う、僕はあなたをゆるします。そして君の心の中で、凍っていたなにかが音をたてる。
妈妈,我说,我原谅您。然而在你的内心里,有冻结了的什么声音在响。
佐伯さんは黙って抱擁を解く。そして髪をまとめていたピンをはずし、迷うことなく、鋭い先端を左腕の内側に突き立てる。とても強く。そして右手でその近くの静脈をぐっと強く押さえる。やがて傷口から血液がこぼれはじめる。最初の一滴が床に落ちて、意外なほど大きな音をたてる。それから彼女はなにも言わずその腕を僕のほうに差し出す。また一滴の血が床に落ちる。僕は身をかがめて、小さな傷口に唇をつける。僕の舌が彼女の血をなめる。僕は目を閉じてその味を味わう。僕は吸った血を口にふくみ、ゆっくりと飲みこむ。僕は喉の奥に彼女の血を受け入れる。それは僕の心のから乾いた肌にとても静かに吸いこまれていく。自分がどれほどその血を求めていたか、はじめてそのことに思いあたる。僕の心はひどく遠い世界にある。でもそれと同時に僕の身体はここに立っている。まるで生霊のように。僕はこのまま彼女のすべての血を吸いつくしてしまいたいとさえ思う。でもそんなことはできない。僕は彼女の腕から唇を離し、彼女の顔をみる。
佐伯默不作声地松开拥抱。然后把系着头发的发卡摘下来。毫不犹豫地,把尖细的头扎进左手里面。非常强烈地。然后用右手使劲地按压那附近的静脉。不久血液开始从伤口里溢出来。最开始的一滴落在床上,意外地发出巨大的声音。然后她什么也没说把那个手臂往我这边伸过来。然后又一滴的血落在床上。我弯下腰,把嘴唇贴在小小的伤口上。我的舌头舔着她的血。我闭上眼睛品尝那个味道。我把吸进的血含在嘴里,然后慢慢地喝进去。我那喉咙的深处接受着她的血。它被我内心干渴的肌肤非常安静地吸收进去。第一次明白,我究竟有多么渴求这个血。我的心在非常遥远的地方。可同时我的身体却站在这里。就像灵魂一样。我甚至想就这样把她全部的血都吸完为止。但那是不可能的。我把嘴唇从她的手臂离开,看着她。
「さよなら、田村カフカくん」と佐伯さんは言う。「もとの場所に戻って、そして生きつづけなさい」
「再见,田村君」佐伯说。「回到原来的地方,然后继续生存下去吧」
「佐伯さん」と僕は言う。
「佐伯さん」我说。
「什么事?」
「僕には生きるということの意味がよくわからないんだ」
「我根本不了解活着的意义」
彼女は僕の身体から手を離す。そして僕の顔を見あげる。手を伸ばして、僕の唇に指をつける。
她把手从我的身上离开。然后抬头看着我。伸起手,把手指放在我的嘴唇上。
「絵をみなさい」と彼女は静かな声で言う。「私がそうしたのと同じように、いつも絵をみるのよ」
「看画吧」她很安静地说。「跟我做的一样,一直看着画吧」
彼女は去っていく。ドアを開け、振り向かずに外に出る。そしてドアを閉める。
她走了。门打开,她头也不回地走到外面。然后门关上了。