ロンドンで「ムラカミ」を語り合える歓び
在伦敦对「村上春树」交谈甚欢
質問:
ロンドン在住です。ガーディアン紙にこのサイトの事が記載されてしりました。「遠い太鼓」に影響を受けて渡英して15年以上になります。以前ロンドンで講演をされた際に、当時発売されたばかりの「海辺のカフカ」にサインをいただきました。あの時も大勢のサインでお疲れだったと思うですが、英国でも大人気なのは、日本人の私たちにとって、本当にありがたいことです。日本といえばスシ、フジヤマ。。。というイメージが、「ムラカミ」に変わり、一般的日本人像がすごくクールになりました。そして何により、日本語で読んだ物語を、各国の人と語り合えるのは嬉しいです。「ノルウェイの森」を読んだスウェーデン人の同僚は「私の気持ちをどうしてこんなにわかるんだおう!」といっていました。私には読書家でマラソンも走ったことがあるイギリス人の夫と、20代のジャズピアニストの继息子がいて、どしらももちろんムラカミ作品ファンです。
こうした海外での人気も、ムラカミ春樹さん自ら英語の翻訳の手配をされ、疲れるサイン会なども開催されて、翻訳文学が少ないというわれる英語圏の市場を独力で開拓してこられたおかげなのですから、すごいことだと思います。
私自身も翻訳に携わっていて、ある賞をとって日本文学の英訳プロジェクトに関わりかけたのですが、いわゆる日本政府の「事業仕分け」でプロジェクトがなくなってしまいました。知り合った日本文学の海外エージェントも店じまいしてしまいました。
まだまだムラカミ作品以外は、海外展開に苦戦していると思うのですが、先駆者として、日本語の作品を海外に出して行く上でのアドバイスやご意見があるばおきかせください。
我在伦敦居住。卫报上刊登了这个网站的事情。
受《远方的太鼓》的影响我来英国已经有15年多了。村上先生以前在伦敦演讲的时候,为当时发布没多久的《海边的卡夫卡》做签售。虽然那时候因为是盛大的签售会感觉是挺累人的,不过英国的大人气,对我们日本人来说,是非常有意义的事情。提到日本就是寿司,富士山……这样的印象,向着「村上春树」改变了,普通的日本人像也变得十分冷静了。还有更重要的是,用日语读的故事,与各国的人们的交谈非常愉快。阅读《挪威的森林》的瑞典同事说「为什么能这么清楚我的心情呢!」我有一位读书家同时也在跑马拉松的意大利丈夫,和一位20代的爵士钢琴家的继子,他们俩也当然是村上春树作品的粉丝。
我自己也在从事翻译,虽然得了某个奖与日本文学的英译项目有关系,不过因为所谓日本政府的「项目分类」而项目没了。彼此认识的日本文学的海外代理店也收摊了。
除村上春树作品以外的很多作品仍然奋战于海外拓展,作为先驱者,想听听村上春树对日语作品走向海外的建议或意见。
回答:
最初に英語訳を出してから、欧米マーケットでブレークするまでに時間がかかりました。最初の十年くらいはけっこう大変でした。いろんなことがすらすらとうまく流れ出したのは2000年くらいからだったと思います。現地のエージェントや編集者たちや翻訳者たちと、時間をかけて良い関係を確立していくことも大事なんだなと実感しました。本を書くだけ書いて、「おまかせするからあとはよろしく」みたいな姿勢ではなかなかものごとはうまく捗りません。出版というのは心持ちが意味を持つ仕事ですから、人と人との繋がりが大事になります。海外にも、もう25年くらい一緒に仕事をしている、友だち同然の人たちがいます。彼らは僕にとっての大切な財産です。
でも結局のところ、読者と作者のあいだの信頼感がいちばん大事です。この作家の次の作品が出たらとにかく買って読まなくちゃ(決して読んで損はしないだろう)、という気持ちを読者に持ってもらえること。次の本が出るのを待ってもらえること。いったんそういう直接的な繋がりが生まれれば、いろんなことがうまく流れ始めます。
それは日本でも海外でも同じです。
最开始英译本出来后,到在欧美市场大热起来花费了相当长的时间。最开始的十年左右是非常辛苦的。我觉得很多事情流畅地流动起来是在2000年左右的时候。真实地感受到当地的代理人或者编辑或者翻译们,耗费时间确立良好的关系也是非常重要的。仅仅是写书,然后说「交给你了以后请多多关照」这种态度对事情是起不了什么作用的。正因为出版是一种怀抱着意义的心情的工作,所以人与人之间的联系就变得非常重要。在海外,有已经一起工作将近25年等同于朋友一样的人。他们对我来说是重要的财产。
但是归根结底,读者与作者之间的信赖感是最重要的。这位作家的下部作品一出来不管如何都要买来读(绝对读了不会有损失的吧),能有抱着这种心情的读者。他们愿意等待下本书的出版。一旦能产生这种直接的联系,很多事情就能顺畅地开始流动。这不管是在日本还是海外都是一样的。